祖母のMCI(軽度認知障害)治療

枯れゆくバラの花
photo : still trying hard : license

 

私の小さい頃は両親が共働きでとても忙しく、ほとんどの時間を祖母と過ごすおばあちゃん子でした。
祖父が早くに亡くなっていたのもあり、琴・着付け・編み物の先生をやりながら、孫である私と私の妹二人の世話を一手に引き受けてくれ、今考えてもとてもバイタリティ溢れる祖母でした。

そんな祖母も90歳を越えて、だいぶ物忘れ(MCI:軽度認知障害)が目立つようになってきていました。
そんな矢先、洗濯物を干している最中に家で転倒し、脚の骨を折って入院することになったという知らせを父から受けました。
心配と同時に、90歳を越えてからの骨折での入院のリスクが思い浮かびました。
寝たきり状態での入院は認知症の症状を急速に進行させてしまうことがあるからです。

祖母は糖尿病や心臓の疾患があり、手術によるリスクも考慮した上で、最終的には手術による治療を選択し、なるべく早い退院を想定し、治療が進められていきました。
もともとの身体の丈夫さもあったのか、手術から3週間程でリハビリを終え退院することができました。
90歳という高齢での大腿部骨折の症例ではとても順調な回復だと思います。

ただ入院中から認知症の症状と思われるような、過度な帰宅願望、記憶障害が見られ始め、退院後も記憶障害と軽度の妄想が見られました。
退院後少しして帰省したところ、顔に覇気がなくボンヤリとした顔貌でした。
入院時の環境の変化と数週間の寝たきりによる筋肉の衰えにより、一時的にMCIから認知症に進んでしまっているように感じられました。

比較的軽度の認知症状であれば、施術による改善が十分に見込めると感じたので、早速鍼灸治療とクラニオセイクラルの施術を行いました。
施術を終えると、適切な刺激が功を奏したのか、我に帰ったように目の力が強くなりました。
そしてそれまでしばらく手をつけることのなかったひ孫の写真を整理し始め、その様子を見ていた両親も、今までよりもキビキビと動いていて顔の表情が違うね、と驚き喜んでいました。
これからできるだけ帰省するようにし、施術を継続していきたいと強く思いました。

 

認知症における鍼灸治療の有用性

近年では中国を中心に、数多くの認知症における鍼灸治療の有用性を立証する研究※1~4が進められています。
それらの研究によると、脳の海馬領域に作用することと、特にaβ(アミロイドベータ:アルツハイマー型認知症では、脳内のAβが凝集して線維状になり、脳に沈着することが知られています)を減少させる可能性があることが立証され始めています。

伝統的な東洋医学の視点により行われる鍼灸治療は、手や足や背中のツボを積極的に用いることにより、体全体の活性化を促すことができるということであり、鍼灸治療における認知症治療の有効性とは、その体全体の活性化が結果的に脳の活性化へとつながっていくと考えられることにあります。

また、今回鍼灸治療と併せて行ったクラニオセイクラル施術の認知症治療への応用に取り組んでいる施術家の記事Clearing the Fog: Craniosacral Therapy Aims to Ease Dementiaも紹介されていました。
認知機能の改善をしていくために、クラニオセイクラル施術が脳内の体液循環を促し、脳細胞の神経炎症を軽減する可能性が示唆されています。
理化学研究所の調べでも、脳内の神経炎症がアルツハイマー型認知症の発生のプロセスに深く関わっているであろうと言われており、クラニオセイクラルの施術が認知症改善の一助になる可能性が十分にあると考えられます。

 

超高齢化社会に向けて

2016年1月には厚生労働省が認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を策定し、その中で鍼灸団体も認知症Gold-QPDなどの取り組みで、認知症の予防・支援に関わっていくことが定められています。
医師による投薬治療、介護士によるユマニチュードなどによるケア、そこに鍼灸師が加わることで超高齢化社会における認知症対策をより充実したものにしていこうとする動きが進められています。

人は誰でも年を重ね、老いていきます。
健やかに老いていくことの手助けができるなら、これこそ鍼灸師冥利に尽きるというものです。
祖母も少しでも元気に暮らせるように、これからもサポートをしていきたいと思っています。

 

1.Acupunct Med. 2016 Jul 11:10.1136/acupmed-2015-010972 : Electroacupuncture improves cognitive deficits and activates PPAR-γ in a rat model of Alzheimer’s disease.  Zhang M. et al.
2.Zhen Ci Yan Jiu. 2016 Apr;41(2):113-8 : Effects of Acupuncture Stimulation of Bilateral “Hegu” (LI 4) and “Taichong” (LR 3) on Learning-memory Ability, Hippocampal AP 42 Expression and Inflammatory Cytokines in Rats with Alzheimer’s Disease. Jiang MC. et al.
3.Zhen Ci Yan Jiu. 2016 Apr;41(2):131-7:Effect of Moxibustion on Learning-memory Ability and Hippocampal Amyloid beta Protein Overexpression in Mild Cognitive Impairment Rats.  Zhu CF. et al.
4.Zhen Ci Yan Jiu. 2015 Feb;40(1):30-4, 55 :Effect of electroacupuncture stimulation of “Baihui” (GV 20) and ” Yongquan” (KI 1) on expression of hippocampal amyloid-β and low density lipoprotein receptor-related protein-1 in APP/PS 1 transgenic mice. Li F. et al.